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おはなしの箱

Stories Box

​オレンジバード書房・企画

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祭り前


 

  人 物  クワン(10)ノルハ村の少年  マヌリ(30)クワンの母  ハナ(12)ゴバディーの娘  ゴバディー(35)マヌリの結婚相手  ハンザ(60)牧場主  タジル(57)クワンの大叔父  クワンの祖母


○ ノルハ村・遠景(朝)

   一面に拡がる秋の丘陵地帯。

   遠くにはなだらかな低い山並みが連な

   り、所々に灌木の林が紅葉している。

   秋の刈入れ後の広い農地の片隅に、ポ

   ツンと土壁の一軒家が建っている。

○ 同・クワンの家・戸口・前(朝)

   ドアが勢いよく開いて、クワン(10)が

   飛び出してくる

   戸口で慌てて呼び止める祖母。

祖母「クワン、戻っといで! クワン」

   赤い蝶ネクタイで正装しているクワン、

   なり振り構わず逃げるように走り去る。

   みるみる小さくなるクワンの後ろ姿。

○同・土手

   遠くから古い車のエンジン音が近づい

   てくる。土手の上をやってくるおんぼ

   ろ車。プラプラと土手を歩くクワン。

   おんぼろ車、クラクションを鳴らし、

   すれ違うクワンの横で停まる。

   運転席からタジル(57)が声をかける。

タジル「おいクワン。何しとる?」

   無視して歩き出すクワン。

タジル「おい広場は反対側だぞ。どこ行くん

 だい?」

   立ち止まるクワン。

クワン「(ふてくされて)……」

タジル「ハハハ、おいクワン。今日は母ちゃ

 んの大事な結婚式だ、いい子にしてなきゃ

 いかんぞ。新しい父ちゃんはそりゃあ立派

 なお方なんだから、迷惑なんてかけること

 あっちゃあ(ならん)」

   突然走り出すクワン。タジル、クワン

   の後ろ姿を見送って、

タジル「まったく愛想のない奴め」

   気を取り直して車を出すタジル。車の

   向かう先にノルハの村落。

○ ノルハの村落・広場

   小さな村落の小さな広場。通りに旗を

   立てる者、樹々に電飾をつけている者

   など、人々が祝いの準備をしている。

   広場真ん中では数人の男たちが祭用の

   ステージを作っている。

   広場向かいには村の講堂の建物。建物

   から、マヌリ(30)が出てくる。マヌリ、

   心配そうに人を探す様子。

○ 山林・小川

   溢れる涙と鼻水をぬぐいながらクワン

   やってくる。ジャブジャブと音をさせ

   て顔を洗い、乱暴に水を飲むクワン。

   ひとしきり水を飲みふと見ると、川下

   にハナ(12)の姿。ハナ、しゃがみ込ん

   でシクシクと泣いている。立ち上がる

   クワン、ハナの様子を見る。

   チョロチョロと小川の流れる音。

   クワン、何か思いついたように山肌を

   駆け上って山林の中へ。

   ハナ、すすり泣き川の流れを見つめて

   いる。木漏れ日でキラキラと輝く小川。

   川中の小石に野鳥がとまり、その様子

   を静かに眺めるハナ。突然パッと飛び

   去る野鳥。目の前に寒椿の花が次々と

   流れてくる。目を見張るハナ。驚いて

   川上の方を見るとクワンが立っている。

   クワン、袋代わりのジャケットの中の

   花を全部川へ落とすと「もう無いよ」

   の仕草。クスッと笑うハナ。

   クワン近寄って、ハナに

クワン「どこの子?」

ハナ「(少しキッとして)何よ」

クワン「ムルから?」

ハナ「……そう。ムル」

クワン「街の子だ」

ハナ「それが何?」

クワン「……僕もそのうち街の子になるよ」

ハナ「……ふう〜ん」

クワン「新しい父さんがそこの偉い人なんだ

ハナ「(驚いて)……あなた」

クワン「名前は?」

ハナ「ハナ・ゴバディーよ」

クワン「じゃあ(君は)」

ハナ「私、あなたの姉さんだわね」

クワン「そうみたいだ」

ハナ「名前は……クワンね」

クワン「(頷く)」

ハナ「……いつから見てたの?」

クワン「?」

ハナ「私、悲しくて泣いてたんじゃないから。

 …勘違いしないで。私、そんなに子供じゃ

 ないから」

クワン「?」

ハナ「私、大人の事情ってわかってるんだか

 ら。大人って大変だって知ってるの、だか

 ら(泣いてなんかない)」

クワン「僕は嫌だよ。僕の父さんはたった独

 りしかいない。母さんだってそうだと思っ

 てたのに。僕はそんなのわからない」

ハナ「(にんまりして)あなた好きな子は?

クワン「?」

ハナ「燃えるような恋、知らないの?」

クワン「(イラッと)関係ないよ」

ハナ「(思いを込めて)心が熱ーくなって、

 ひりひりドキドキするの。世界一幸せに

 なるかと思うと世界一不幸にもなるのよ。

 とにかく忙しいものなのよ、恋って」

クワン「チェッ、そんなのご免だな」

ハナ「お子ちゃまなんだわ。いつまでもママ

 が恋しいお子ちゃまでいるのね」

クワン「チェッ、生意気言うない」

ハナ「花ありがとう。私、あなたが弟でもい

 いわ。お子ちゃま見るのも楽しいわ」

クワン「……嫌なやつ。泣いてたくせに」

ハナ「(笑顔)」

○ ノルハ村落・広場

   電飾が光る広場。出来上がったステー

   ジではバンドが演奏の準備をしている。

   屋台が並び、食べ物や飲み物の用意が

   進んでいる。

○ 同・講堂・控室

   結婚衣装のマヌリ(30)とゴバディー(35

   マヌリ、泣いている。

マヌリ「ごめんなさい。私、やっぱり結婚で

 きないわ」

ゴバディー「今更何を言うんだい」

マヌリ「無理だったのよ私たちの結婚。身分

 も家柄も全く釣り合わない私が」

ゴバディー「それはもう言わない約束だろ?

 僕には君が必要なんだ。わかってくれない

 のかい?」

マヌリ「いいえいいえ。でも」

ゴバディー「でも?……」

マヌリ「クワンが朝からいなくなってしまっ

 たの。あの子、このところ一言も口きいて

 くれないの。話しかけても、ただ睨んで。

 あの子、私を憎んだような目で見るの。子

 供が不幸になるような結婚、できないわ」

ゴバディー「子供はいつかは離れるもんだよ

 マヌリ。クワンだって、そのうちわかって

 くれる。わかってもらえるように、充分僕

 は愛情をかけるつもりだ。君の心配はよく

 わかる。これからはその心配を一緒にする

 覚悟なんだよ僕は。愛してるんだマヌリ」

   泣き崩れるマヌリ。

○ ハンザ牧場・馬場

   白馬の暴れ馬に跨がるクワン。周りで

   野次馬の少年たちが囃し立てている。

   クワンすぐに落とされ地べたに倒れる

   と、歓声をあげる少年たち。クワン負

   けじと起き上がり白馬のそばへ。柵の

  外、離れて見ているハナとハンザ(60)

ハナ「おじさん、クワンはあの馬に乗れる?

ハンザ「ハハ、じきに乗れるだろうさ。わし

 ご自慢の暴れ馬だが、馬はクワンを好きら

 しい」

ハナ「馬が?」

ハンザ「雄馬だがね。ハハハハ」

   再び落馬するクワン、全身泥まみれに

   なっている。

○ ノルハ村落・広場(夕方)

   広場は一転、電飾は外されステージは

   解体作業、屋台も片付けを始めている

   ところ、クワンとハナやってくる。

   苦い顔で片付けを見ているタジルと目

   が合うクワン。クワン、いきなり走り

   出し村の外へ。

○ 山林・小川(夕方)

   普段着のマヌリ。岩に腰掛け、ボーッ

   と川を見つめている。次々と流れてく

   る寒椿の花。マヌリ、気がつくとそば

   にクワンが立っている。マヌリ、クワ

   ンを横に座らせる。

クワン「僕のせい?」

マヌリ「(首を振る)」

クワン「ごめん。悪かったよ」

マヌリ「あんたのせいじゃないのよクワン」

クワン「母さん、結婚しろよ」

マヌリ「(驚く)」

クワン「僕、これから忙しくなりそうだ。僕

 のことでやらなきゃならない事がたくさん

 出てくるんだ。そうなったら、母さんに構

 ってあげられないだろ?」

マヌリ「(涙で目が潤む)」

クワン「僕、自分の事で忙しくなるんだ」

マヌリ「(泣き笑いで)構ってくれないんだ

クワン「(頷く)」

   マヌリ、クワンをぎゅっと抱き寄せる。

マヌリ「(笑顔で)寂しくなるなあ」

   黙って抱き合う母子。

   小川では、小石にひっかかって残って

   いた寒椿がまた流れ出す。ゆらゆらと

   流れてゆく寒椿の花。



                         終

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