top of page

おはなしの箱

Stories Box

​オレンジバード書房・企画

liv_edited_edited_edited_edited.png
検索

紙飛行機にのせて


 

  人 物  堀口 希(のぞむ)(14)中学生  江本奈々(4)(6)未就学児童  江本友梨江(28)(30)奈々の母親  堀口祥(しょう)子(41)希の母親  江本敏彦(36)奈々の父親  学生1(14) 希の同級生  学生2(14)   〃  学生3(14)   〃  学生4(14)   〃  男性医師  警備員1  警備員2  警備員3  警官  会社員

 

○みどり団地・俯瞰(朝)

   昭和時代の高層アパートが林立する団

   地群。

○五号棟・堀口家・玄関(朝)

   制服姿の堀口希(14)が奥から出てく

   る。

   靴を履き出かけようとするが、ふと目

   を留める。

   三和土には乱暴に脱がれた赤いヒール。

   希、そっとヒールを揃え直し、気を変

   え祥子の部屋へ。

○同・祥子の部屋(朝)

   カーテンの閉じた薄暗い部屋に、堀口

   祥子(41)が熟睡している。

   希、顔をのぞかせると、寝返りをうつ

   祥子。

希「(小声で)行ってきます」

○橋(朝)

   人々が一団となって足早に往来する中、

   一人俯き、重い足取りの希の姿がある。

   ぶつかり、押されながら、急ぐ足並み

   の邪魔になっている。

   希、ふと顔を上げ、人波の先に男子同

   級生4人組(14)を見つける。一見す

   ると身だしなみのいいお坊ちゃん風の

   学生たち。

   希、人ごみに隠れようとするが、振り

   返った学生4に見つかってしまう。

   希、「やばい」という顔。

   学生4、仲間に「おい、見ろよ」と知

   らせ、他の三人も振り返る。

   後ずさりする希。

   希を見て、ニヤリとする4人組。

   すかさず向きを変え希、走り出す。

   人波をかき分け、ぶつかりながら必死

   で逃げる。

   同級生4人も慌てて後から追っていく。

○河川敷・俯瞰(朝)

   逃げる希に追いつく学生たち。

○同(朝)

   希、突き飛ばされ、うつ伏せに倒れる。

   学生たち、希を取り囲む。

   学生1が希の顔を地面に押し付け、

学生1「なに逃げてんだよ、テメエ!」

学生2「ったく、手こずらせるんじゃねーよ

   と、希の脇腹を蹴りあげる。

希「(痛さで呻いて)う〜」

学生3「お前、この頃すっかり学校来ねえじ

 ゃねえかよー」

学生4「希君が学校来ないから、俺たちずー

 と心配してたのよー」

学生1「おい希、お前先生にちくったろ。俺

 たちにいじめられてるってちくったろ!」

希「(言って)な……い」

学生2「お陰で俺たち、親まで呼び出されて、

 散々な目に遭ったんだぞ。コラ」

学生1「俺たちがいつお前をいじめたよ、え

 テメエが金くれるっつうから、仕方なくも

 らってやってたんだろが。(希の顔を地面

 にこすりつけながら、学生3に)おい。

 (鞄を開けろの合図)」

   学生3が希の学生鞄を取り上げ、

学生3「ほらよ」

   と学生4へ投げ渡す。

   学生4、鞄をあさり財布を見つけると、

学生4「ほらよ」

   と、学生2に。

   学生2、財布の中身を見て、

学生2「ぷっ。なんだよ、また千円ぽっきり

 かよー。ふざけんなよー」

学生3「約束と違うじゃねーか。もっと持っ

 てくるって言ったんは誰だよ。え?」

   代わって学生3が靴底で希の頭をゴシ

   ゴシとやる。

学生1「(学生2に)おい、鞄、まだねえか

   学生2、希の鞄を逆さにして揺すり、

   教科書やノートなど中身をガシャガシ

   ャと落としていく。その中に小銭。

   学生4、その小銭を拾い数えて、

学生4「百三十七円でございまーす」

学生2「ちぇっ、馬鹿野郎」

   学生1、希の髪をつかみ顔を上げさせ、

学生1「おい希、母ちゃんにもっと欲しいっ

 て言えよ、母ちゃんによ。お前ん家の母ち

 ゃんがっぽり稼いでるって聞いたぜ。へへ

   希、顔つき変わり、キッと睨みつける。

学生3「何たって夜の仕事だからなー」

   へらへらと笑う4人組。

学生4「ま、せいぜい俺たちには五千円くら

 い頂ければ」

学生1「おひとり様分ってか?」

   大笑いの4人。

希「(思いっきり)ペッ(唾をはきかける)

   かけられた学生1。

学生1「き、汚ね。(顔をぬぐって)何しや

 がるんだよ! テメエ!」

学生2「くっそーこのガキ」

学生3「生意気なんだよ!」

   4人全員で希を蹴り上げる。

希「(苦しげに)あう……」

   抵抗できない希。

○同・俯瞰(朝)

   その場を離れる学生たち。千円札を取

   り合うなどしてふざけて去る。

   うつ伏せで倒れたままの希。

○みどり団地・中庭

   人気のない中庭のベンチに、うなだれ

   て座っている希。顔の擦り傷を触って、

   深いため息がもれる。

   と、希の後頭部に何かが当たって、

希「えっ?」

   頭を押さえる希。

   紙飛行機がパサリと落ちる。

   赤い折り紙で作った紙飛行機。

   希、拾い上げると、内側に何やら文字

   が書いてある。拡げると、幼い字で 

   『たすけて』の文字。

希「た・す・け・て」

   一瞬、意味の呑み込めない希。

希「(呟いて)たすけて。……助けて?」

   希、ハッと立ち上がり、飛んで来た方

   向を見回す。

   巨大な建物の無数の窓がこちらを向い

   ている。その中の一つ、5階の窓に少

   女の顔がある。少女は江本奈々(6)。

   奈々、虚ろな目をして希を見ている。

希「?……」

   奈々の虚ろな目。

   希、再び目を落とすと紙飛行機には

   『たすけて』の文字。

○六号棟・入り口スペース

   薄汚れて年代を感じさせる内観。

   希、入ってくる。

   どこか階上では赤ん坊の泣き声がして

   いる。

   希、辺りを見回しながら、恐る恐る階

   段を上っていく。

○同・五階・廊下

   希、部屋の数を数えながらゆっくりと

   歩いて来て、見当をつけたように、あ

   るドアの前で止まる。

○江本家・玄関・外

   表札には『江本』とある。

   希、チャイムに指を伸ばすが、なかな

   か押せないでいる。ためらう希。

   「やっぱり」と帰りかけようとする、

   と、ドアが少し開き、奈々が中から顔

   を半分のぞかせる。

   虚ろな目が希を見ている。

   しばしの間の後、やっとの声で希、

希「こ……これ、君? 君の飛行機?」

奈々「(小さく頷く)」

○同・部屋

   キッチンと一間だけの手狭な部屋。

   奈々に手を引かれ希、入って来る。

希「ねえ君、お母さんは?」

奈々「(いない、と首を横に振る)」

希「お父さんは?」

奈々「(首を横に振る)」

希「じゃ、一人?」

奈々「(うん、と頷く)」

希「これ、君が書いたんだね?」

   希が紙飛行機を返すと俯くだけの奈々。

希「(様子をうかがい)……君、名前は?

 なんて名前?」

奈々「(ちょっと待ってと、手で示し)」

   奈々、その辺の画用紙とクレヨンで、

   『えもとなな』と書いて見せる。

希「な・な。奈々ちゃんか」

   奈々から画用紙とクレヨンを受け取り、

   希もその横に『のぞむ』と書く。

希「俺、の・ぞ・む。堀口希」

   奈々、表情を明るくして、画用紙の新

   しい一枚に、また書き付ける。

   希、それを読み上げて、

希「あ・そ・ば・な・い?」

奈々「(乞うような表情)……」

   希、満面の笑顔になって、

希「うん、いいよ。遊ぼう!」

   嬉しそうな奈々、希を座卓の前に座ら

   せ、折り紙を一枚手渡す。

   何にもできないでいる希をよそに、自

   分はどんどんと折りあげてゆく。

   出来上がる紙飛行機。

希「へえ、上手いもんだなー」

   まっさらな折り紙を手にしたままの希。

希「(少し照れて)俺、折り紙あんまりやっ

 たことなくて……(照れ隠しに)飛ばす?

奈々「(うん、と頷く)」

   二人、窓へ。

   窓を開けると、眼下には希の座ってい

   た中庭のベンチ、目の前には五号棟の

   無数の窓が見える。

希「あっ、あれ。(窓を指さし)ほら、3階

 のこの斜めの方向に青いカーテンの窓があ

 るだろ? あれ、俺の部屋」

奈々「(うん、とニッコリ)」

希「隣、俺の母さんの部屋」

   希の部屋窓と並んで、派手な衣装が干

   してある窓がある。窓は黒いカーテン

   で閉じられている。

希「(声に力なく)母さん、昼間は寝てるん

 だ。夜勤の仕事だから。(俯く)俺ん家、

 父さんがいなくて、俺がちっちゃい頃から

 母さんがずっと働きずめで」

奈々「……?」

希「(気がついて)あっ、ごめんごめん。そ

 うだよ、飛ばすんだ。飛ばそう飛ばそう」

   「うん」と頷き、飛行機を飛ばす恰好

   で構える奈々。

希「よーし、行くよ。三、二、一、〇!」

   奈々の手から紙飛行機が放たれる。

   ゆっくりと飛んでゆく紙飛行機。

   二人のきらきらした目がそれを追う。

   飛行機は中庭を渡りやがて下降すると、

   そのまま3階の希の部屋窓へ当たる。

希「命中!」

   声をあげる希。

希「すげー、すげーや奈々! 奈々は天才だ

 な。すげー、すげー。ハハハ」

   手を叩き喜び合う奈々と希。

   と突然、背後から、

友梨江の声「誰、あんた!」

   希、振り返ると、江本友梨江()が

   スーパーの袋を提げて立っている。

友梨江「何してんの!」

希「あ、いや……」

   友梨江、落ちている紙に気がつき拾い

   上げると、『たすけて』の文字を見る。

   小さくなる奈々。

   友梨江、奈々を睨みつけて、

友梨江「この子、人をからかって遊んでんの

 よ。(希に)あんた、この子にからかわれ

 てんのよ」

希「……」

友梨江「(奈々に)あれだけ叱っても、まだ

 わからないの? (希に)何度もやってん

 の、こんな事。警察が来た事だってあった

 んだから! (奈々を見て)この子、こう

 やって大人をからかって遊んでるのよ。私

 を困らせて、喜んでんのよ!」

希「(やっとの声)い、いや。そんな」

   希、怯える奈々を見る。

友梨江「この子、喋らないわよ」

   希の陰に隠れるようにする奈々。

友梨江「(奈々を睨んで)わざと喋らないの

 よ。本当は喋れるのにわざと喋らないの。

 父親が死んだのは私のせいだと思ってんの。

 あの人が飛び降りたのは私のせいだと思っ

 てんのよ」

希「(小声で)飛び降りた……って」

友梨江「ほんと父親そっくりなんだから。そ

 うやって喋らないで、責めてるの。喋らな

 いことで私を責めてるの。責めてんのよ!

 (声、F・0して)あの人もそうだった。

 あの人もそうやって私を(OFF)」

   友梨江の捲し立てている口が、よく動

   いている。

   奈々を見つめる希。

   奈々の虚ろな眼。

○(回想)とある団地内・道

   三輪車に乗った江本奈々()と買い

   物帰りで袋をさげた江本友梨江()

   がやってくる。

   はしゃいで三輪車を乗り回す奈々を、

   友梨江、母親らしい愛情深い顔で見守

   っている。

○(回想)アパート屋上・外観

   同・道沿いのアパート。

   真夏の太陽が輝いている。

○(回想)道

   急にスピードを上げて走りだす奈々。

奈々「キャハハ」

   おいてかれる友梨江。

友梨江「(笑顔で)奈々、そんなにスピード

 出さないの。危ないわよ」

○(回想)アパート屋上・外観

   逆光の中、男の姿が現れる。

   男は江本敏彦()。

○(回想)道

   勢いよく三輪車をこぐ奈々。

○(回想)アパート屋上・外観

   江本の人影、フワッと身を投げる。

○(回想)道

   はしゃいで走る三輪車の奈々。

   その眼前に、ドサッと落ちる黒い物体

   (江本敏彦)。

   驚きと怯えの混じった奈々の顔。

   赤い血が奈々の方に拡がっていく。

   奈々の見開いた眼。

   夏蝉のけたたましい鳴き声が大きくな

   っていく。

○もとの江本家・部屋

   奈々の虚ろな眼。

友梨江「あの人のせいで何もかもめちゃくち

 ゃよ。何でこんな目に合わなきゃならない

 のよ! 私が何したっていうのよ。(急に

 奈々を見て)何よ、またその目? やめて

 そんな目で私を見るのはやめて!」

   友梨江から奈々をかばうようにして希、

希「あのー、……」

友梨江「あんた学生でしょ?」

希「(やっとの声)あ、はい。中2です」

友梨江「中学生がこんな時間に何やってんの

 よ。学校行ってるはずでしょ? 何してん

 のよ」

希「(困って)……」

友梨江「やめてよね! あんたが学校行かな

 いの、こっちのせいにされたら堪ったもん

 じゃないわ。帰って、今すぐ帰って!」

○同・玄関・外

   靴を履きかけのまま、追い出される希。

   ドアが乱暴に閉められる。

○繁華街・通り

   希、ぶらぶらと歩いている。

   忙しない人々の姿がある。

○橋(夕)

   川の向こうの夕陽を眺める希。

○みどり団地(夜)

   多くの窓に灯りがついている。

○堀口家・ダイニング(夜)

   暗い部屋に玄関の閉まる音。

   希、入ってきて、電気をつける。

   テーブルに夕食のおかずとメモが置か

   れている。

   メモを取り上げる希。

   『希、お帰り。いつものようにチンし

   て食べてね。母さんより』とある。

   メモを投げ置くようにして、希、行き

   かけるが、メモの下の千円札に気づく。

希「(睨みつけ)……」

   ひったくるように千円札をつかみ、自

   分の部屋へ。

      ×   ×   ×

   テーブルの上は片付けられ、流しに食

   べた後の食器が積まれている。

   蛇口からポタポタと水滴が落ちている。

○同・希の部屋(夜)

   ベッドに仰向けの希、天井を見つめて

   いる。

      ×   ×   ×

   (イメージ・フラッシュ)

   太陽を背にする江本の人影。

   落ちていく江本のスローモーション。

   三輪車のブレーキの甲高い音。

   見開いた奈々の両目。

      ×   ×   ×

   希、堪らず起き上がり窓を明けに立つ。

   窓の外は六号棟の無数の窓。

   灯りの消えた奈々の部屋の窓を見、希、

   ふと目を落とすと、窓の手すりに昼間

   の紙飛行機が落ちている。

   そっと拾い上げ、折り目を軽く開いて

   みる。折り目にそって閉じると、また

   飛行機ができあがる。

   希、思いついたように勉強机へ。

   机の上の時計は十一時をさしている。

   その横に奈々の折った紙飛行機を置き、

   レポート用紙で真剣に飛行機を折る希。

               (W・P)

   時計、十一時二十分をさしている。

   飛行機を折る希の手。

               (W・P)

   時計、十一時四十五分をさしている。

   飛行機を折る希の手。

               (W・P) 

   時計十二時をさしている。

   飛行機を折る希の手。

               (W・P)

   部屋中に紙飛行機が散らばっている。

   希、また一つ折りあげると、「よし」

   と頷き窓へ。

   奈々の暗い部屋窓を見る。

   目を閉じ祈るように奈々の部屋目がけ

   て希、飛行機を放つ。

希「(紙飛行機を見送って)……」

   ゆっくり飛んでゆく紙飛行機。

希「(呟いて)進め、進め!」

   暗闇に飛ぶ紙飛行機がボーッと白い光

   になって浮いている。

   希望を託すような希の表情。

希の内声「進め、進め、進め!」

○橋(朝)

   一団となって急ぎ足で行く人々。

○みどり団地・中庭(朝)

   中庭のベンチに制服姿でポツンと希が

   座っている。

   部屋部屋の無数の窓を眺める希。

   洗濯物が干されている窓、てるてる坊

   主の吊るされた窓、薄汚れた鯉のぼり

   が出しっぱなしになっている窓など、

   それぞれの窓に人の生活がある。

   カーテンが開いている奈々の部屋窓。

   その向かい三階には母親の窓。外には

   昨日とは違う派手な衣装が干してある。

   再び、奈々の部屋窓に目を移し、希、

   「あっ」となる。

   右手を大きく振り上げる友梨江の姿が

   ある。

   友梨江、怒りの形相で、何度も手を上

   げている。

希「?……奈々!」

   希、慌てて中庭を走り出て行く。

○六号棟・入り口スペース(朝)

   息せき切って希、走ってきて、階段を

   駆け上がる。

○同・五階・廊下(朝)

   希、つまずきそうになりながら走って

   きて、江本家玄関前へ。

○江本家・玄関・前(朝)

   希、勢い良くドアを叩き、

希「(息切れして)おばさん、おばさん!」

   何度もドアを叩き、

希「おばさん、おばさん!」

   希、ドアノブをガチャガチャと回して、

   押してみるが開かない。

希「おばさん!」

   またドアをガチャガチャとやりながら

   はずみで引くと、ドアが開き、飛び込

   むように希、中へ。

○同・部屋(朝)

   希、勢いよく入ってくる。

   台所の隅にしゃがみこんでいる友梨江。

   友梨江、スーツの上着もシャツも乱れ、

   呆然としている。

希「……おばさん」

   見ると、座卓のそばでは、奈々がぐっ

   たりして倒れている。

希「奈々! 奈々! 奈々ちゃん!」

   奈々、意識を失っている。

   希、振り向いて、

希「おば(さん、救急車)」

   と言いかけるが。

友梨江「(呆然として)あれー? 何でだろ。

 何でうちの子泣かないんだろう? 何で泣

 かないんだろー」

希「……」

友梨江「(ぶつぶつと)何で泣かないのかな

 あ。何でなのー?(続けて)」

   被って、救急車のサイレン音。

○みどり総合病院・前景(朝)

○同・診察室(朝)

   診療台に寝ている奈々。

   自分の指をおしゃぶりにしている。

   その傍らに座る友梨江とカルテを書き

   ながら背を向けて座る医師。

   医師、背をむけたまま、

医師「(妙に軽い口調)そうねー、中程度の

 脳震盪ってとこですかねっ」

友梨江「はあ」

医師「すぐ意識は戻ったということですしー、

 嘔吐や吐血もありませんしー、CTに異常

 も見られませんでしたからー」

友梨江「はい」

医師「後は激しい運動だけは避けてー、普段

 の生活してて構いませんから、しばらく様

 子をみてくださーい」

友梨江「はい」

   寝返りをうつ奈々。

   服がはだけて、その背中に痣が見える。

   友梨江、慌てて服を直し、

友梨江「ありがとうございます」

   医師、振り返り、

医師「あれでしょ? はしゃいでいたら躓い

 て、テーブルの角で頭を打ったんでしょ?

友梨江「(苦笑で)ええ」

医師「ほら例えば階段から落ちたとかー、ま

 あ高いとこから固いコンクリートみたいな

 ものに頭打つとねー、今後、頭痛とか記憶

 の断片的な喪失なんてものが後遺症として

 出たりするんだけどー」

友梨江「はあ」

医師「(笑顔で)まあ大丈夫でしょっ。(ま

 た背をむけて)念のため、一週間くらいは

 気をつけてあげてくださーい。もし何か異

 常があるようだったら、(振り返って)ね、

 また来てもらえば(ニコッとする)」

友梨江「は、はい。(丁寧に頭を下げ)あり

 がとうございました」

奈々「(指しゃぶりしている)……」

○同・正面玄関・外

   奈々の手を引いて友梨江、出てくる。

   柱にもたれて待つ希に気がついて、

   「まだ居たのか」と立ち止まる。

   希、二人に気がついて駆け寄ろうとす

   るが、そんな雰囲気ではない。

   無視して、友梨江、行きかけるが、思

   い直して、

友梨江「(希に)来て」

○ファミリーレストラン・外

   窓越し。友梨江と奈々、向かいに希の

   三人が座っている。

   ウェイトレスが料理を運んできて、配

   膳している。

○同・中

   ウェイトレス、一礼して去る。

   奈々はプリン、友梨江はソーダ、それ

   に比べて希には、ボリュームたっぷり

   のハンバーグステーキが置かれている。

友梨江「(希に)食べて」

希「あの……(自分だけハンバーグって)」

   希、ハンバーグを前に戸惑っている。

友梨江「私たちのことは気にしないで。奈々

 にプリンを食べさせて、また希に)食べて

希「は、はい」

   希、食べようとしたところ、友梨江、

   鞄をごそごそやって、お金を取り出す。

友梨江「あと、これ」

   と、五千円札をテーブルの隅に何気な

   く置く。

希「(えっ?)……」

友梨江「(知らぬふりでソーダを飲みながら

 黙ってて欲しいの」

希「えっ?」

友梨江「誰にも喋らないで欲しいの、今日の

 こと」

希「(五千円札を見つめて)……」

学生4の声「せいぜい五千円くらい頂ければ

学生3の声「ちゃんと持ってこいよなー」

   希の表情、厳しくなる。

友梨江「(また奈々にプリンを食べさせる)

 はい、アーンして(甘い声)」

   無感情のまま食べさせてもらう奈々。

希「(奈々を見て)……」

   友梨江、奈々にプリンを食べさせては、

   口をふいてやったり、顔を撫でてやっ

   たり甲斐甲斐しく世話を続けながら、

友梨江「いつもそうだと思わないでね。今日

 の私が変だったのよ。いつもこんなことや

 ってるわけじゃないから。(五千円札がま

 だあるのを見て)ねえ、早くしまってよ」

希「……」

友梨江「あのね、子どもは遠慮しないの」

希「……」

学生1の声「お一人様分ってか?」

学生たちの声「(大笑い)アハハハハハ」

希「い、いりません」

友梨江「(動作を止めて)……」

希「いらないです」

   と、五千円札を突き返す。

友梨江「……。困るのよ。誰かに喋られたら

 困るの。金輪際、私たちのことは忘れて、

 ね。ほら(とまた突き返す)」

   指をしゃぶっている奈々。

      ×   ×   ×      

(フラッシュバック)

   希から「うん、遊ぼう」と言われて、

   奈々の嬉しそうな顔。

      ×   ×   ×

希「(小声で)そんなんじゃ」

友梨江「じゃあ」

   と、友梨江、またもう一枚の五千円札

   を出して、

友梨江「これで勘弁して。家だって苦しいの。

 女手一つでこの子育てるの、やっとなのよ

      ×   ×   ×

(フラッシュバック)

   飛んでいく紙飛行機を見送る、奈々の

   明るい顔。

      ×   ×   ×   

   希、テーブルの下で拳を握る。

友梨江「私たちを助けると思って。ね、受け

 取って。(甘える声で)受け取ってよー」

      ×   ×   ×

(フラッシュバック)

   飛行機が窓に命中して、満面の笑顔の

   奈々。

      ×   ×   ×

   希、唇を噛み締め、我慢している。

希「く……く」

   テーブルの下、握り拳が震えている。

   が、これ以上というところで、その拳

   が緩んでいく。

希「(まっすぐ友梨江を見て)毎日下さい」

友梨江「(ソーダを飲んでたところで)ん?

希「五千円、毎日下さい。毎日くれたら、俺。

 そしたら黙ってます」

友梨江「(唖然としてから)ちょ、ちょっと。

 あんたそれ恐喝じゃない」

   希、スッと立ち上がって、

希「(大きな声で)毎日下さい。毎日五千円

 くれたら、俺、黙ってます」

   客たち「何事か」という顔で見る。

友梨江「(小声で)ちょっとやめてよ」

希「じゃ、これ、今日の分で」

   希、五千円札一枚取って、席を立つ。

   去り際、希、奈々を横目でチラッと見、

   颯爽と店を出る。

○河川敷

   人はおらず、ガラーンと広い河川敷。

   希、叫びながら走ってくる。

希「あーあーあーあーあーあー」

   草むら目がけて突っ込んできて倒れ、

希「畜生! 畜生! 畜生! 畜生! ワー

 ッ(大泣きする)」

○橋

   通行人が行き来している、いつもの風

   景がある。

○堀口家・ダイニングキッチン

   ひとり電話帳を調べる希。

   なぞって動いていた指が止まる。

希「これだ」

   電話帳に『江本友梨江』の文字。

○江口家・部屋

   友梨江と奈々、帰ってくる。

   友梨江、たくさん買い込んできていて、

   鼻歌など歌って機嫌がいい。

   キッチンヘ荷物を置くと、相変わらず

   おしゃぶりをしている奈々を抱いて、

友梨江「奈々—、夕飯は奈々の大好きなもの

 作るからねー。(奈々の頰にチュッとやり、

 椅子に座らせると)ママ、お着替えしなく

 ちゃ」

   と、奥の部屋へそそくさと消える。

○堀口家・希の部屋

   開いた窓の前に仁王立ちする希。

   希、髪をポーマードで立たせ、ジャン

   パーにサングラスの出立ちである。

   視線の先には奈々の部屋窓がある。

○江口家・部屋

   玄関脇の電話が鳴る。

   友梨江、部屋の奥から出てくる。

友梨江「(機嫌よく)はい、はーい」

   着替えの途中で、ブラウスのボタンを

   片手で何とかしながら、電話に出て、

友梨江「もしもし」

希の声「(咳払いひとつ)ウン。あ、あの俺。

 俺です」

友梨江「(表情こわばって)あんた。何なの

 まだ何かあんの? 電話番号まで調べて」

希の声「あー、いやー」

友梨江「これ以上しつこく付きまとったら、

 警察に言うわよ」

希の声「いえ、あのー。今日のこと謝ろうと

 思って」

友梨江「謝らなくたって結構よ。これ以上、

 あたしたちに関わらないでってことなの」

希の声「でもあの、お金も返したいし、あの、

 ちゃんと話したいこともあるんで、そのー、

 今、富士見公園まで来てもらえませんか?

 噴水の前にいます」

友梨江「は? 何でそんなとこまで行かなき

 ゃいけないのよ」

希の声「いや、でももし来てくれないと、大

 変なことになるかな、と」

友梨江「え、どういうこと? 何よそれ。あ

 んた何考えてんの? 本気で私を強請るつ

 もり?」

   電話切れて、

友梨江「……あの子」

○六号棟・入り口スペース

   階段脇に隠れる希。

   階上でドアが強く閉まる音。

○同・五階・廊下

   友梨江、バッグを抱え出て来て、ぷり

   ぷりと歩いていく。

○同・入り口スペース

   階段を下りる足音、近づいてきて、身

   をひそめる希。

   友梨江、下りてきて、外へ出て行く。

   希、そっと顔を出し、すぐさま階上へ。

○江本家・部屋

   ドアを叩く音がして、奈々、怪訝な顔

   でドアを見る。

   ドンドンドンドン、と音。

   奈々、椅子から降りると、ドアへ。

希の声「奈々、俺だよ。希だよ」

   「あっ」となる奈々。すぐにドアを開

   けると、いつもと違う希の姿に、

奈々「(キョトンとする)……」

希「(サングラスを外し)ジャジャーン! 

 奈々、誘拐しに来たんだぜ」

奈々「(キョトンとして)……」

希「俺と一緒に来ない? 一緒にいい所、行

 こうよ」

奈々「(希を凝視し)……(ゆっくり頷く)

○富士見公園・噴水・前

   辺りを見回す友梨江。

○みどり団地五号棟・一階・裏口

   奈々を連れ、警戒しながら希、やって

   くる。

   奈々、よそいきのおしゃれして、バッ

   クなど持っている。

希「(先に外を窺ってから)よし、大丈夫だ。

 行こう」

   と、二人出ていく。

○裏通り

   早足の希に引っ張られるようにして、

   奈々、ついていく。

   時々、後ろを振り返り振り返りする。

   希はずんずん歩いている。

○みどり駅・前

   やってくる希と奈々。

   希、中に行こうとするが、止まってイ

   ヤイヤをする奈々。

希「電車に乗るの、嫌かい?」

奈々「……」

希「大丈夫、お金はちゃんとあるから。(友

 梨江にもらったくしゃくしゃの五千円札を

 見せ)どうだい?」

奈々「……(しょぼんと俯く)」

   と奈々、急に駆け出し、少し先で止ま

   ってから、希に手招きする。

希「ん?」

   希、奈々に着いて行く。

○駅前・大通り

   駆け出し止まっては、おいでおいです

   る奈々に、希、疑問の顔で着いて行く。

○総武デパート・入り口・前(夕)

   奈々に手をひかれ、希、やってくる。

   奈々、デパートの中を指さす。

希「ん? デパート?」

奈々「(頷く)」

   希、見上げると、十五階建て(付近で

   は一番高い)の重厚なデパートビルが

   そびえている。

○みどり町交番・前景(夕)

○みどり町交番・中(夕)

   警官が二人、デスクについている。

   その脇の椅子にイライラして座ってい

   る友梨江。

   派手な衣装の堀口祥子()、入って

   きて、

祥子「(恐縮して)すいません。堀口ですが

   勢い良く立ち上がり、キッとした目で

   祥子を睨みつける友梨江。

祥子「あの〜」

   祥子、訳のわからない様子で作り笑顔。

祥子「(歪んだ笑顔で)???」

○総武デパート・屋上(夕)

   使われてない遊具が錆びついてそのま

   まにされている、小さな遊園地跡。

   今は喫煙所になっているが、誰もおら

   ず、ガランとしている。

   希と奈々、やってくる。

   奈々、希の手をふりほどき、一目散に、

   周縁に張られた金網のフェンスへ。

希「(背後から)おい、奈々」

   二メートル以上はあるフェンスを登ろ

   うとする奈々。

希「奈々ダメだよ、奈々。(慌てて追う)」

   奈々、よじ登っていく。下から希、

希「奈々ダメだよ。危ないからダメだよ。す

 ぐ降りるんだ奈々」

奈々「(止まって、イヤイヤをする)」

希「そこは登っちゃいけないんだ。ほら、降

 りて来いよ」

奈々「(イヤイヤをして、乞うような目で希

 を見る)……」

希「どうしても行きたいのかい?」

奈々「(強くうなずく)」

   と、すぐさま登り始めるのを、希、

希「奈々、ちょ、ちょっと待てよ」

奈々「(止まって)……」

   希見ると、フェンスの向こうは一メー

   トルほどの幅しかない。

希「奈々、そこはほんと危ないんだ。死んじ

 ゃうかもしれないんだぞ! なんでそんな

 所に(行きたいんだ?)」

奈々「ああ、あ・あ……」

希「奈々?」

奈々「(必死で声にして)ああ、あ……い・

 た……い。逢・い……た・い」

希「(驚いて)奈々……声が」

奈々「逢い・た……いの。……パ・パに」

希「……」

      ×   ×   ×

   (イメージ・フラッシュ)

   ゆっくりと落ちてゆく江本の人影。

      ×   ×   ×

希の声「奈々、まさか」

奈々「高・い……と・ころ。……パ・パパ・

 の……い・居る……と・所」

希「奈々……(堪らず)奈々、待ってろ。俺

 が先に登って手伝ってやるから、待ってろ

   希、すいすいと登って行き、

希「(やさしく)さ、俺が持っててやるから、

 ゆっくり登るんだ」

   奈々、希につかまり、登ってゆく。

○みどり町交番・中(夕)

   呆然と座る友梨江。

   その横で頭を抱えている祥子。

   友梨江、ふと話しだし、

友梨江「(目はまっすぐ前を見たまま)私ね、

 今晩死ぬつもりだったの」

祥子「(え? と友梨江を見て)……」

友梨江「(瞬きもせず)今晩、あの子と一緒

 に死のうと思ってたの」

祥子「江本さん」

○総武デパート・屋上(夕)

   奈々、希に支えられて、フェンスのて

   っぺんに着き、外側へ出たところ。

   希、ふと下を見てしまう。

   道路ははるか下。

希「(目を戻し)うっ(恐怖に耐えるよう目

 をギュッと閉じる)」

○同・一階・警備室(夕)

   警備員二人が談笑しながら入ってくる。

   屋上モニターに希と奈々が映っている

   のを見て、

警備員1「(切迫して)おい(見ろよ)」

警備員2「こ、こりゃ!」

   慌てて警備員1は出て行き、警備員2、

   電話をかける。

○同・屋上(夕)

   フェンスを降りる希と奈々。

希「怖くないかい?」

奈々「(うん、と頷く)」

   太陽が赤く大きく出ている。夕焼けが

   小さな屋根の永遠と続く町を染め、遠

   くに流れる川がキラキラ光っている。

希「何かここにいると、俺たちだけ別の世界

 にいるみたいだなあ。……(厳しい表情に

 なって)……」

奈々「(希をじっと見て)……」

   奈々、提げていたバッグから折り紙を

   取り出し、その一枚を希に渡す。

希「折り紙?」

奈々「ひ・こ……おき(飛行機)」

希「紙飛行機?」

奈々「(頷いて)お……る・の(折るの)」

希「(え、ここで? と迷う)……」

奈々「ひこ・お……き、と・飛ば……す・の

   希、少し考えてから、

希「よし、やろ。飛行機飛ばそ!」

奈々「(笑顔で、うん)」

   そこへ屋上のドアが開いて、警備員三

   人が駆けつける。

警備員1「おい、君たち! そこで何やって

 るんだ」

   ハッとなる希。

警備員2「危ないから、そ、そこ動くんじゃ

 ないよ。そのまま、じっとして、な!」

警備員1「(警備員3に)警察はまだか?」

警備員3「すぐ来ると思いますが」

警備員1「君たち、そこは入っちゃいけない

 所だから。今おじさん達が行くから、動か

 ず待ってるんだ」

   警備員三人が駆け寄ろうとすると、

希「(すかさず)来るな!」

   警備員たち止まる。

希「来たら、飛び降りる!」

   顔を見合わせる警備員たち。

○みどり町交番・中(夕)

   祥子、友梨江を抱きかかえるようにし

   て、二人、座っている。

   奥から警官出てきて、

警官「今、奈々ちゃんと思われる女の子と希

 君らしき中学生が総武デパートの屋上にい

 るとの連絡が入りました」

   友梨江と祥子、緊張して立ち上がる。

警官「さあ!(と交番を出ていく)」

友梨江・祥子「(頷き、警官の後に続く)」

○総武デパート・屋上(夕)

   入り口付近で動けない警備員たち。

   フェンスの向こうで叫んでいる希。

希「来るな、来るんじゃねえ」

○とあるオフィス(夕)

   総武デパート向いビルの一室。

   窓から外を見ているある会社員が、

会社員「おい、子供が屋上から飛び降りそう

 だぞ」

   「えー?」という声で、たちまち他の

   社員たちが窓へ集まる。

○総武デパート・屋上(夕)

   向いのビルで、希たちに気づいた人々

   が指差し騒ぎだしているのを見て、

希「(呟いて)畜生、なんだよ」

   遠くから警備員2、希に呼びかけて、

警備員2「おい君たち、おじさん達動かない

 って約束する。わかったから、いいかい。

 飛び降りるなんて早まったまねするんじゃ

 ないよ。なっ、いいかい、いいかね?」

○とあるオフィス(夕)

   窓に(先ほどより)大勢の社員が群が

   っている。

○総武デパート・屋上(夕)

   他のビルからも、大勢の顔が希たちを

   見ている。

希「(小声で)何だよ、何見てんだよ」

   遠巻きの警備員たち。

警備員1「君たちは、一体何がしたいんだ?

 どうしたいのか、教えてくれないか?」

   フェンス側の希。

   向かいビルからは騒ぎ立てる人の顔、

   顔、顔。

希「(小声で)何だよ。見んなよ。何見てん

 だよ。こんな時だけ、こんな時だけ見んじ

 ゃねー。(大声で)こんな時だけ心配そう

 な振りして見んじゃねーよ。白々しいんだ

 よ! 何だよ、何見てんだよ!」

   入り口付近、警備員たちに緊張が走る。

   フェンス側の希。

希「いつも見て見ぬふりしてるくせに、何見

 てんだよ。今更俺なんか見んなよ。知らん

 ぷりしてねーで、自分見ろよ! みんな何

 見てんだよ。みんなどこ見てんだよ。(涙

 あふれてくる)みんなどうしちゃったんだ

 よ。どこ見て生きてんだよ! どこ向かっ

 て生きてんだよ。分かってんだったら教え

 てくれ。夢とか明るい未来とか、訳分かん

 ねーよ。どこ見て生きたらいいんだよ。教

 えてくれ、誰か教えてくれよ」

   泣きじゃくる希。

   正面には赤い夕陽。

   と奈々、バックをごそごそやり、紙飛

   行機を取り出す。

   それを希に見せて。

希「(泣きながら)?」

   飛行機はレポート用紙で折られている。

希「(グスグスして)これ……俺の」

   希、飛行機を開くと『進め!』の文字。

奈々「(まっすぐ希を見ている)」

希「(涙を拭い、奈々を見る)」

○同・入り口・前(夕)

   上を見て騒然とする人だかりの中、救

   急車や消防車が到着する。続いて友梨

   江たちを乗せたパトカー。

   すぐさま車を降りると、急いで中へ駆

   け込む一同。

○同・屋上(夕)

   入り口付近の警備員たち。

   どこかから警備員3、帰って来て、

警備員3「女の子は江本奈々ちゃん六歳、男

 の子は堀口希君、十四歳だそうです。警察

 と消防隊は今着きました。二人の母親も一

 緒です」

警備員1「うむ」

警備員2「あんな子供達が、かわいそうに。

 必死で……(鼻をすする)あんなに必死で

   そこへ警官や消防隊等数人が到着する。

   後から友梨江、祥子、続いて来る。

   と、フェンスの向こうで叫ぶ希と奈々。

希・奈々「三! 二!」

警備員2「おい、おい」

祥子「希!」

希・奈々「一!」

友梨江「嫌、いやー!」

   息をのむ、警備員等一同。

希・奈々「ゼロ!」

   二人の手から紙飛行機が放たれる。

○(イメージ)

   二つの紙飛行機、光の帯を出しながら、

   自由自在に飛びだし、デパートの屋上

   は白い光の世界に変わる。

   飛行機は、希と奈々の周りを旋回しな

   がら、輪やハートや光の模様を描き出

   しいく。

   希と奈々。

奈々「(笑って)ふふ、ふふふ」

希「ハハハ」

   その後、飛行機によって、次々と遊園

   地の遊具に灯りがつけられる。

   メリーゴーランド、観覧車、お猿の電

   車、象やうさぎの乗り物などが動きだ

   す。

   希と奈々。

希・奈々「(驚いて見ている)……」

   飛行機が通過すると、ビルの窓窓がセ

   ザンヌやマチス、ピカソなどの絵画に

   変わり、また上昇すると、今度は空に

   次々と鐘が現れる。

   鐘、次々と鳴りだし、その音は音符や

   数字、人形やキャンディ、風船、おも

   ちゃになって降ってくる。

   希と奈々。

希・奈々「(空を見上げ)うわー」

   飛行機、星屑をまき散らしながら、や

   がて大きな赤い夕陽に向かう。

   遠ざかる飛行機の向こう、夕陽の中に

   江本の大きな影が現れる。

江本「奈々」

奈々「パパ」

江本「奈々、ありがとう。ありがとう奈々」

   江本の影は小さくなり、飛行機も遠く

   消える。

○もとの総武デパート屋上(夕)

   夕焼けが遠くに見えている。    

希「(満足感で)奈々」

奈々「(うん、と頷く)」

   金網越し、大人たち一同、駆け寄って、

友梨江「奈々!」

祥子「(半べそで)のぞむー!」

   振り向く希と奈々。

   希、奈々を促し、

希「さあ」

   正面で向かい合う奈々と友梨江。

奈々「(小声で)マ・マ」

友梨江「あっ……(涙あふれてくる)」

奈々「(小声で)ママ。(大声で)ママ!」

   奈々の目からも一筋の涙がこぼれる。

奈々「ママ、大丈夫だよ。もう泣かないでい

 いんだよ。パパね、もう痛くないって。パ

 パ、ずっと痛い痛いって。でも飛行機に乗

 ったの。飛行機に乗って行ったの。飛行機

 に乗れば痛くないでしょ? パパはもう大

 丈夫なんだよ。だからママも、もう悲しま

 なくて平気だよ。泣かないでいいんだよ」

友梨江「な、奈々。(号泣して)ごめんな

 さい。奈々、ごめんなさい。ごめんなさい、

 ごめんなさい」

   泣きながら笑顔の奈々。その様子を

   希と祥子、優しい表情で見ている。

   が祥子、希に目を移すと、

祥子「(急に怒って)希!」

   希、「いけね」という顔。

   で、ふと下を見てしまい、

希「ひエ。(へなへなと座りこみ)母さん、

 助けて。俺、動けねえよ」

祥子「バカ! バカバカバカバカバカ!」

      ×   ×   ×

   辺りはうす暗くなっている。

   消防隊員に助けだされる希と奈々。

   友梨江と奈々、しっかり抱き合う横で、

   祥子、必死で隊員等に頭を下げ謝って

   いる。希、祥子に頭を叩かれながら、

   小さくなっている。

   被って。

希のM「僕は、自分が恥ずかしかった。少し

 でもあの時、自分が死のうと思ったのが恥

 ずかしかった。奈々は死ぬ事なんて、これ

 っぽっちだって考えていなかった」

   友梨江と抱き合う奈々の笑顔。

   被って。

希のM「自分を投げ出したりなんかしてなか

 った。ただただ人を想って、人を大事に想

 うことにまっすぐだった」

○みどり団地(朝)

   いろいろな家族の朝の風景。

   ドアから勢いよく飛び出してくる男子

   小学生。すぐに母親が忘れ物を手に出

   て来て呼び戻され、小学生、それを手

   にすると、またすぐさま駆け出して行

   く。

   ベランダでおねしょをした(であろ

   う)布団を干す若い母親。その脇で、

   号泣する幼児。

   自転車置き場の女子中学生と父親。父

   親、自転車を引き出そうと、誤って隣

   の自転車を倒してしまう。次々とドミ

   ノ倒しで倒れる自転車。慌てて直す父

   親とそれを「しょうがないなー」と手

   伝う女子中学生。

   などの風景に被って。

希のM「僕はそれをほんとの強さだと思った。

 今までは見えなかったけど、それは誰でも

 持っていて、少しであってもそれはちゃん

 と目に見える形であちこちにあった」

○同・道(朝)

   スーツ姿の友梨江と幼稚園の鞄を提げ

   た奈々が手をつなぎ笑顔で歩いていく。

希のM「幸い僕にも、大事に想う人があって

 想う力があって、また僕もその力で支えら

 れている」

○五号棟・堀口家・ダイニング(朝)

   制服を着た希、テーブルのメモを見る。

   『元気にいってらっしゃい。愛してる。

   母さんより』とあり、キスマークがつ

   いている。その下には千円札。

   希、苦笑して千円札を取り、出ていく。

希のM「僕の中で何かがちょっと変わった」

○橋(朝)

   一団となって行く、急ぎ足の人々。

   その中を登校する希。

希のM「もしかしてそれは」

   橋の真ん中、手すりに寄りかかり4人

   組の学生たちがいる。

   希、ハッと立ち止まるが、意を決して

   また歩き出す。

   待ち構える学生たち。希が近づくと、

学生2「よう、有名人」

学生4「ご機嫌はいかがですか? 希様」

   学生3、希の肩に乱暴に手をまわし、

   引き止める。

学生3「有名人って、どんな気分だよー」

希「(きっぱりと)おはよう!」

学生4「さわやかーっ」

学生2「おいおい、有名人にもなると、挨拶

 も違うってか? ハハハ」

学生1「(希を見つめている)……」

希「(鞄をごそごそやって)これ」

学生1「?……」

希「これ少ないけど、(千円札を学生1に差

 しだす)やるよ」

学生1「(ムッとして)……」

学生3「テメエ! 何様だと思ってんだよ」

学生2「ずいぶんご立派じゃねーか」

希「これ、母さんが一生懸命働いて、俺にく

 れる小遣いだから、いつもって訳にはいか

 ないけど」

学生1「(ムッとしている)……」

希「やるよ。もう殴ったり蹴ったりしなくて

 もいいよ。これやるよ。持ってけよ」

学生1「(希を睨みつけ)……」

希「(学生1をまっすぐ見つめる)……」

学生1「……(仲間達に)行くぜ。(と歩き

 だし行く)」

学生2「おい、こいつは? 調子に乗ってん

 のヘコまそうぜ。おい(と追って行く)」

学生4「千円、千円は?(と追って行く)」

学生3「チェッ。(と行く)」

   4人の背中を見送り、堂々と立つ希。

希のM「人を想う力、もしかしてそれは、世

 界だって。(力強く)きっと世界だって、

 変えられる」

   一団の通行人が一斉に足を止める。

   それぞれ紙飛行機を取り出し、みんな

   「せーの」で川に向って飛行機を放つ。

   一斉に飛び立つ紙飛行機。

   集団の真ん中で笑顔の希。

希「なーんてねっ」

   無数の紙飛行機が大空を飛んで行く。

<了>

閲覧数:18回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page