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おはなしの箱

Stories Box

​オレンジバード書房・企画

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おじさんの金メダル


 

  人 物

 横井満喜男  実の叔父・売れない小説家

 小川 実  小学生

 小川幸子  実の母・横井の実姉

 小川総一  実の父

 小川孝子  実の姉

 佐野絇子  無捨苦の妻

 佐野無捨苦  小説家

○佐野家・表

   都内某所、閑静な高級住宅地の一画に

   ある見事な門構えの邸宅。

   立派な文字で『佐野無捨苦』の表札。

   広い日本庭園の奥に家屋。

   鹿威しが一つ「コーン」と鳴る。

○同・書斎

   文机に向かい書き物をする佐野無捨苦 

   その背後、横井満喜男 が正座して佐

   野の背中を見つめている。

佐野「(書き物をしながら)何を言っても同

 じです。横井君、君は今日限り破門です」

横井「だから、先生! そこを」

佐野「話は以上。早々に立ち去りたまえ!」

   必死の目で佐野の背中を見つめる横井。

○同・廊下・書斎外

   聞き耳をたてている佐野絇子 。

   襖が開き、横井出てくる。

絇子「(乞うような目で横井を見る)……」

   横井、絇子に構わず玄関へ。

   追う絇子。

○同・玄関

   帰ろうとする横井の背中に、ヒシとし

   がみつく絇子。

絇子「満喜男さん、嫌! イヤイヤ!」

横井「……」

   横井、そのまま振り返らず玄関を出る。

○佐野邸近くの路地

   急ぎ足の横井。後ろから、

絇子の声「満喜男さーん」

   振り返る横井。絇子追いついて、

絇子「(息を切らしながら)これ、今月分」

   分厚い札束を横井の手に握らせ、

絇子「最後なんて言わせないわよ。ね、そう

 でしょう? また会えるわね、ね、満喜男

 さん!」

   横井、札束を握りしめる。

   そしてそれを雑に鞄にしまい込むと、

横井「(深々と頭を下げ)では」

   立ち去る横井。

   その背中をいつまでも見送る絇子。

○小川家・外観

   小さな庭のついた、古い木造二階建て

   の家屋。

○小川家・茶の間

   テーブルに饅頭の載った皿。

   そっと子供の手が伸びる。

   唐突に「ブッ」とオナラの音。

実「いけねっ」

   お尻を押さえる小川実 。

   奥の台所から、

幸子の声「満喜男? ちょっと頼みたいこと

 が……」

   言いながら、小川幸子 が入ってくる。

   幸子、実とわかると、

幸子「やだ、実だったの? あっ、また盗み

 食いする気で、この子」

   幸子、饅頭の皿を実から遠ざけ、

幸子「まーだ。おやつはお姉ちゃんが帰って

 来てから」

実「(口を尖らせる)」

幸子「(呆れて)まったくオナラまで満喜男

 そっくり。(二階を見るようにして溜息)

 ハー。フラッと帰ってきたかと思ったら、

 何にも言わずそのまま居着いちゃって。ま

 ったく何考えてんだか、満喜男の奴。(実

 に)あんた、満喜男おじちゃんみたいにな

 ったら困るんだからね! さっさと宿題済

 ましといで! (実のお尻を押して)ほら

 っ!」

   実、駆け上がって二階へ。

○同・二階・横井の部屋

   横井、机に向かい書き物をしている。

   そっと覗き見る実。

   横井、書き損ないの原稿用紙を丸め、

   机に向かったままの姿勢で背後に投げ

   捨てる。

   原稿用紙が見事にくずかごへ入る。

     ×   ×   ×      

   (イメージ)

実「(憧憬の眼差し)すっげえ」

○同・二階・実の部屋

   実、ノートを前に気の乗らない様子。

   と、隣の部屋から轟音。

○同・横井の部屋

   覗き見る実。ベッドで横井、大いびき

   をかいている。地響きのような横井の

   いびきで窓ガラスが振動している。

実「(憧憬の眼差し)す、すっげえー」

○同・庭先

   飼い犬におやつを与えている実。

   横井が声をかける。

横井「実、風呂でも行かないか?」

実「(大喜びで)うん、行くよ!」

○銭湯のある通り(夕)

   濡れ髪に首からタオルを下げ、風呂上

   がりの横井と実、和気あいあいと並ん

   で歩いている。と、電柱陰から絇子現

   れる。気がつき足を止める二人。

絇子「(丁寧にお辞儀する)」

横井「(それを受けて軽く会釈)」

絇子「今お宅へ伺ったら、こちらと聞いたも

 ので」

横井「……」

絇子「佐野が亡くなりました」

   見上げる実。横井の表情は固い。

横井「……実、お前先に帰ってろ」

   真剣な横井の目。実、仕様がなくとこ

   とこ歩き出す。少し行っては何度も振

   り返り振り返りし二人を伺うが、やが

   て駈け去る。

○小川家・茶の間(夕)

   小川総一 、小川孝子 、幸子の三人。

   総一、ビールを飲み寛いでいる。

   玄関の戸の開く音。

幸子「あっ、帰ってきた」

   部屋へ行こうとする実を呼び止めて、

幸子「ちょっとお待ち実。こっちおいで」

   実、入ってくる。幸子、実を座らせて、

幸子「ねえ、どうだったの?」

実「?」

   実、テーブルの枝豆をつまむ。

幸子「ね、おじちゃん、どうした?」

実「知らない。先に帰ってろって言われた」

幸子「(腑に落ちた顔で)絶対、ただの関係

 じゃあないわね。私、この間お金送ってき

 た人だと思うの。だって封筒についてた香

 水とおんなじ匂いしたもの」

孝子「え? おじちゃん、ヒモ?」

実「ヒモ? ヒモって何さ」

   幸子、渋い顔で孝子をつつく。

総一「(幸子に)あんまり詮索するなよ。満

 喜男君には満喜男君の事情があるんだろう

 から。お前が顔つっこむとややこしい事に

 なるに決まってるんだから。ほっといてや

 るんだ、いいな。頼んだぞ」

幸子「(口を尖らせる)」

○同・実の部屋(深夜)

   ベッドで眠れずにいる実。玄関の戸の

   音。実、ハッとして耳を澄ますが、そ

   の後、物音はなくシーンとしている。

○同・茶の間(深夜)

   音を立てずにそっと覗く実。真っ暗な

   中、横井が冷めざめと泣いている。

○同・茶の間

   総一が一杯やってるところ、横井入っ

   てくる。起きたてでボサボサの頭。

横井「いいですねー兄さん。休日昼間からビ

 ールですか」

総一「ああ。どうだい一杯」

横井「お、喜んで」

   幸子が横井の食事を運んできて、

幸子「あーあ。いいご身分ね」

横井「昨日はご心配かけました。(頭を下げ

 あのー、無捨苦先生が亡くなられました」

総一・幸子「え?」「あら」

横井「あの方は先生の奥様で、お察しの通り、

 僕たちは愛し合ってました」

幸子「え、じゃーあんた、先生が亡くなって、

 まさかあの人と(結婚?)」

横井「あ、いや。僕たちは先生あっての関係

 だったようで……、僕のヒモもクビです」

総一「……よくわからんが……」

横井「あの方は本当に先生を愛してたんだと

 思います。亡くなって分かったんだと」

総一「(しみじみと)女心は複雑、てねー」

横井「まあ正直ホッとしてます。ヒモやるの

 も楽じゃあない。謂わばヒモ道というか、

 ある種、自尊心の修行です。……もしかし

 たら、先生は僕たちが深い関係になるのを

 見越していたのかと。そうなるように仕向

 けたのかとも……」

総一・幸子「(訳がわからず)……?」

横井「ま、そんな事でまたしばらくお世話に

 なります!」

   横井、朝食をかき込むようにして食べ

   始める。ポカンとする総一と幸子。

○川原(夕)

   風呂上がり姿の横井と実、並んで立ち

   ションしている。横井のおしっこが勢

   いよく遠くへ。実、頑張っても遠くま

   でとばない。

実「すげーや。おじちゃん、すげーや」

   太陽が川下の方、低く浮かんでいる。

   先に終えた横井、夕陽を見据え指さし、

横井「大きな金メダルだろー、実」

実「(チラッと見て)うん、でっかい金メダ

 ルだ」

横井「今日を生きた奴がもらえるメダルなん

 だぞー。生き続けた事への金メダルだ」

   実、まだチョロチョロやっている。

   横井、夕陽を見つめて、

横井「(呟いて)明日も生きるか……」

   大きく輝く太陽。

○同・俯瞰(夕)

   町を照らす夕陽。

実の声「やべえ、しっこがかかった。おじち

 ゃん、しっこが、しっこが!」

                           終

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